ランニング二十九日目

 最近朝が寒い。寝巻きを着て、その上にちゃんちゃんこらしきものを着て、靴下を履いてようやく寒くないかなぁといった感じ。でも昼になると暖かくなるのだ。いくらスクーターとはいえ、あんなでっかいコートを着るんじゃなかった。ジャージ2枚で調節すればよかった。
 最近断捨離みたいなことをしている。断捨離っていうのは簡単にいうといらないものを捨てること(簡単すぎな説明)。押入れの中に置いてある何年も前のもの、もはや出して使わないものを捨てることによって部屋の収納スペースを確保するのだ。ポイントは”もったいないからとっておく。”ではなく、いらないものは捨てるのだ。僕の場合、ビデオテープ(まだ持ってた)、CDやDVD、いろんなものの空き箱(きれいな箱はもったいなかった)、読まない本(いつか読むだろうと思っていた)など。何のごみになるのかそれぞれ調べて捨てる。これまでごみの分類がわからなかったのでなかなか捨てる機会がなくたまってしまっていたのだ。そして押入れからいらないものを出してしまうことが重要で、出してしまうと部屋のスペースがその分狭くなるので自然と”早く分類して捨てなきゃ。”と駆り立てられる。少しずつ捨てていくことによって、年末までにはすかすかになることを期待している。押入れがすかすかなら大掃除も楽になるね。
 今夜もランニングの時間になった。いらないものがいっぱい置いてある部屋でジャズを聴いていた。僕は歌詞のない曲が好きで、ジャズやクラシック、イージーリスニングなんかが好きだ。あ、70,80年代のアニソンは別。歌詞がアニメの内容を反映していて好きだ。
 準備を終え外に出ると、そんなに涼しいといった感じではなかった。まぁ秋らしい気温。風もないのでランニング中は暑くなりそうだ。最近のストレッチは深めな伸脚がメイン。いつもバランスを崩してしまうが地面に手をついてなんとかなんとか脚を伸ばしてみる。脚裏のすじが痛いくらい。特に左よりも右脚の方が伸びない感じ。両脚ともに同じようにつかっているはずなのになぜこんなに違いがあるんだろう?あとふくらはぎ下のマッサージも。
 家から出発。風もないし、気温が秋の夜にしては高いかも。脚は何とか順調。後半までがんばれば大丈夫だ。いつも同じ場所でアスファルトの膨らんだ部分に脚をとられてしまう。校庭の前を抜けて川沿いのコースへ。キンモクセイの香りがする。とてもいい香り。よく芳香剤で”キンモクセイの香り”のものが売っているが、やっぱり本物のキンモクセイは違うね。
 夏の祭りの夜も好きだが、秋の静かな夜も好きだ。空を見上げればきれいな月が雲間からかいま見える。花見文化は浸透しているのに月見はいまいち話題にならないような気がする。外で夜に月を見ながら集まって飲み食いするのも面白いんじゃなかろうか。涼しいし、気持ちよいと思うのに。まぁ僕はお酒は苦手なんだけども。昔飲み会でお腹がすいていたのでしょっぱなからお茶漬けを注文したら、”もうお茶漬け食べるの~?”とかいわれた。いいじゃんべつに、お茶漬けおいしいんだし。
 折り返し地点にさしかかったころ、向こうからランニングしている人が。仲間だ。勝手に仲間扱いをする。向こうの人からしたら僕は”なかまになりたそうにこちらをみている”状態なのか。でもやっぱり秋の夜はランニングに最適だよね。
 折り返し地点から用水路沿いへ。う~ん、風がまったくない。身体が冷やされない。
 後半、つらかった。いつだったか、苦しい後半ランニングがあったが、あの時とまったく同じ状況。疲労感かはんぱない。汗がとめどなく流れてくる。そのたびに手で汗をふきはらう。汗をかくとひたいや鼻の頭がかゆい。走っていて身体が熱い。月が雲にかくれている。徐々に身体がふらふらしてくる。この感じは昔部活で体験したような感じだ。今はそれほどハードなランニングはしていないのに。体力が限界状態だ。疲れがたまっているのか。後半の後半、月が再び姿を現した。まぶしいくらいの月の光だ。ここでもキンモクセイの香りがする。ちょっと気分的にいやされる。かといって体力は回復しないが。
 最後の直線コース。もうランニングしているっていうより、根性で走っている感じ。ランニングしている感もないし、爽快感もまるでなし。本来ランニングは楽しむためのものじゃないのか?こんなにがんばらなきゃいけないのか?
 終点に到着。うわもう月を見上げる余裕もない。ウォーキング中もバランスがとりづらい。倒れないようにゆっくり歩く。顔もシャツも汗でびしょびしょ。すごくのどが渇いた。早く家かえって何か飲みたい。
 ストレッチを終え、部屋に入る。タオルで顔をぬぐうととっても気持ちいい。タオルを発明した人に感謝しなければ。